定年退官自衛官、車屋さんに就職 (143弾目)

【閲覧注意】石炭船の石炭おろし

夏ぢゃん。夏休みじゃん。バイトじゃん。って高校時代のおれ。

あ、車屋さんのブログだけど、夏だからね。いーの。長いしちょいと怖いから自己責任な。

 自分の家は海沿いなのでめずらしいバイトを発見。石炭船から石炭を下すバイト。石炭埠頭まで自転車で20分くらい。この写真はネットから拾ったやつだけど著作権ダイジョブかな。自分が高校生の時はこんな近代的な機械じゃなかったようなきがする。このでかい船の中にびっちり石炭が入ってるんだけど、この中に入って階段や角につまっている石炭を手動で下に流すのが仕事。なんと日給1万いぇん。中学3年の新聞配達は月給1万3千円。実はこのバイト、大学生と偽って潜入。当時は身分確認なんてガバガバだったので余裕。10人くらいのチームで区画に入るんだけど、結構高齢な方から同年代の方まで様々。なにより昼飯付き。ほら、あの保温のでかい黒いやつ。「the肉体労働弁当」みたいなのが支給される。

 いい写真があった。船倉の中。左上の補強フレームにがっつり石炭詰まるのさ。あと、奥のほうに見える階段。あれも石炭で埋まってるから、石炭が中央のぐるぐる機械で運び出されるとだんだん出てくるんだ。写真はかなりきれいで明るいけど、当時は暗くて、しかも階段とかグニャグニャに曲がって錆びてた。

 ここでやっと夏らしい話。初日の話なんだけど、午前中はまだそんなに詰まるところがなくてのんびりやってたんだけど、午後から階段とか姿を見せるのでかなりきつかった。ベテランらしき人たちは上のほうに詰まった石炭を長い竹竿でガンガンやっている。とにかく石炭は全部おろさなくてはならない。手のひらほども残さない。自分は初心者なので、同じく若そうな人と二人で階段の石炭をガシガシしていた。

 休憩中、石炭の上に座っていたらベテランおじさんがズルズルと足を滑らせながら近づいてきた。写真の機械は改良されているのか、当時はもっと直線的な機械で周囲が蟻地獄状態になっていた。なので当然油断すると機械のほうに滑り落ちていく。ベテランおじさんは「おう、こんな感じですべるからな。冗談抜きで気をつけろよ。あの機械に上まで運ばれるぞ。」と顔はもちろん鼻の穴まで真っ黒になった顔でにやにや笑った。隣に座っていた若い方が「あの機械まで落ちたらどうなります?ほんと上まで行くんですか?」と聞く。「いや、運よくバケットに乗ってもな、最終的に石炭はスクリューで上に上がるはずだから、まあ助かんないわな。しらんけど。」と適当に話す。このお方でも構造についてはよくわからないらしい。が、きっと助からないということはわかった。

 石炭がかなり減ってきた。たしか1700頃。最初は天井が近かったが、でかい体育館の天井くらい遠くに見える。ここまでくると逃げ場がないくらい蟻地獄状態だ。自分と若い人はグニャグニャの錆びた階段につかまりながら片手で石炭を落としている。ぎっちり詰まった石炭はなかなか砕けない。体力的にも魂的にも疲弊し、こっそり休もうかと相談していたところに声をかけられた。「学生さんは上がってくれ!こっちは残ってやることになったから!」ラッキー。二人で真っ黒になった顔を見合わせて笑った。なんか変な友情みなたいのが芽生えてた。

 「学生さん」は偽大学生の自分とおそらく本物の大学生の彼だけ。二人でグニャグニャの階段を上ろうとしたとき彼が滑り落ちた。ズルズルと蟻地獄に飲まれてく。冗談じゃない状況。10m下にはあの機械。石炭を載せて回転するバケットがガンガン回っている。とっさに手を伸ばして手をつかむ。マジ映画みたい。おれかっこいいと思った。彼を引き上げて階段を上ろうとしたとき今度は自分が落ちた。手すりがもげた。手すりを彼がキャッチしてくれてセーフ。マジ映画みたい。彼かっこいい。ふたりともなんかドラマチックな状況にファイトー!いっぱぁああああつ!的なノリで階段を上ろうとしたとき彼が下を指さして「あれ!あれ!」という。階段にしがみついたまま下をみると「あれ」が見えた。

 ガンガン回っているバケットにぐったりっていうか、ぐにゃっとした形の人がバケットとフレームの間に挟まっていた。これマジ。ほんとマジ。白い作業つなぎが石炭で真っ黒になった人が挟まったまま上がっていった。二人で見た。自分はベテランおじさんの集団に向かって「すみませーん!人が挟まって上がってます!!」と叫んだ。さすがに声が震える。それを聞いたベテランおじさんたちは人数を数え始めて、なにやらもぞもぞ話をしたあとこっちに向かって「上がって待っとけ!だいじょうぶだ!!」と叫び返してきた。だいじょぶってなに。だいじょうぶな状況じゃないだろ。二人ともがくがく震える足を踏ん張って甲板で待った。「いたよね。」と彼。「いました。」と二人で確認しあい、機械にさらわれた人の安否を気遣うより自分の精神状態の健全を図っていた。

 その後ベテランおじさんの長らしき人が上がってきて、「二人とも今日は終りね。明日も来れる?」と何事もなかったように言う。「あの、さっきの人は」とおそらく本物の大学生が聞くと「あー。たまにいる。機械止まらなかっただろ。自動停止するはずなんだよ。人なんか入ると。しらんけど。」しらんけどにぞっとする。「たまにいる」にさらにぞっとする。

 結局二人とも詳細を聞く気にもならず日当をもらって帰路について。自転車で真っ暗な港沿いの道を走ると海風が耳にあたり「おおおおおおおおお」って聞こえる。ぐにゃっとした人が目に焼き付いているため思い出して怖くなったが遠回りして明るい国道に出て全力で自転車をこいだ。おそらく原チャリより早い。そんなにビビっていた自分は翌日も参加したが、彼は来なかった。代わりに若い人がバディーになったが「あまり下見ないほうがいいっすよ。」とだけ忠告しておいた。

 当時は安全教育なんて受けないで即実戦投入されたから事故が起きてもおかしくないと今は思う。でも美味しいあったかい弁当と昼寝付き、日当1万いぇんの魅力には抗えない。見たことない人は絶対信じないと思うけど、いるよ。確実に。

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